2017年 宮城・山形

カテゴリ:2017年 宮城・山形 の記事一覧

最初から最後まで いまいち実感が・・・1

この前、東北へ行ってきた。 

早朝の電車で 福岡空港へ。
真っ暗・・・・ (((((( ;゚Д゚))))) 


DSC08898


福岡空港に到着。 


荷物検査上の 入り口の上のレストランで、
朝ごはんを もりもり食べながら
 
搭乗口へ 向かっていく人たちを見ていた。 


そして、私も搭乗口へ。 

こんな重そうなのが、重い人や荷物を載せて
空を飛ぶんだから びっくりよね。



DSC08899 DSC08901


仙台行の 飛行機に搭乗。 

飛行機に乗るのが 久しぶりだったので、
意外に狭くて びっくりしながらも、席に着き横にいる人に

( すみません、デブが横で すみません (∋_∈) ) 
と申し訳なくなったけど、


満席の飛行機は 定刻に離陸し、2時間弱の
飛行を経て、定刻に 仙台空港に着陸した。


さすが ANAでございます。

 
もう東北なのかぁ・・・

機内じゃ ひたすら寝てたので、全然実感がない。 


でも、遠くの山が 真っ白!
おぉー Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)



DSC08903


DSC08906


DSC08902



でも、びっくりしたのは 雪山だけで
実感がないまま 空港を出て、空港駅から仙台駅に向かう。 


空港駅からは 整備途中の海辺の様子が見えた。
仙台空港も、確か 津波が来たんだよね・・・

なるほど、海が近いわー (( ´・_ゝ・) 
6年経っても、まだ整備してるんだなぁ・・・・ 


DSC08907


DSC08908 DSC08909



仙台空港から 50分ほどで、
仙台空港に到着。
 

 
宿は 仙台に取っているので、仙台駅の
コインロッカーに 荷物を入れ、松島方面へ向かいます。  



DSC08910 DSC08911 (1)



仙台駅も、きれいで今風なので、
なんか博多駅と変わらん・・・

 
私は本当に 宮城に来たの? (゜Д゜;≡;゜д゜) 


しかも、私・・・ 

東北はまだ雪降ってて バリバリ寒い 
と思ってたので、ダウン着てきたんだけど
 
みなさん薄手のコートで、
ダウン着てる人なんて ちらほらしかいない。 


そらそうだよ、なんか暖かいもん。 
なんで暖かいんだ?! 


下手したら 福岡より暖かいかも。 

しまった・・・間違った・・・・ il||li_| ̄|○il||li
 
 
でも、着てきたのを 捨てるわけにもいかず 
暑い暑い言いながら 仙石線( せんせきせん )に乗り換え、

まずは塩釜へ。 


塩釜神社 に行くのです。






途中、【 多賀城 】を通った。

多賀城!!



坂上田村麻呂 ( さかのうえの たむらまろ ) の多賀城!

asffgsfg


多賀城市のHPより
http://www.city.tagajo.miyagi.jp/shimin-power/shise/gaiyo/profile/yuko/dazaifu.html



九州の大宰府 と同じ時期に、東北の多賀城に
国の出先機関が置かれていたのです。


大宰府が、九州全体の統括・朝鮮半島などの大陸からの防衛の役割

を持っていたのに対し、


多賀城は 東北地方の統括北の蝦夷 ( えみし ) への侵攻の役割

を持っていたらしい。



tfjcyhgvkjbk
~多賀城市のHPより~




創建は724年、大野東人 という国の役人が
築城したとされる。

8世紀初めから 10世紀半ばまで存続し、

大和朝廷が制定した 律令制の浸透と、服従しない人々( 蝦夷 )
平定
を主な目的としたらしい。



飛鳥時代 (7世紀)頃には、蝦夷は現在の 宮城県中部から
山形県以北の東北地方と、北海道の大部分に及ぶ 広範囲に住んでいたが

大和朝廷に服従しなかったため、「 夷狄 」( いてき )
=別民族につけられた蔑称
 と呼び、武力衝突をしていた。


大和朝廷と蝦夷の戦いは 長期間に及んだが
8世紀の終わり~9世紀の初めに 


蝦夷の アテルイ(阿弖流爲)らを破り、征夷大将軍である
坂上田村麻呂 ( さかのうえのたむらまろ ) が、多賀城北部まで

大和朝廷の勢力を 拡大することに成功した。



蝦夷の支配圏が狭まっても、秋田県・岩手県の中部以北
が、まだ蝦夷が支配していたが


朝廷は蝦夷征伐を終了し、その後は自然的に
大和朝廷に組み込まれていった


らしい。

( あちこちを見て調べたので、違ってるかも  )



そんな拠点になっていた多賀城ですが、何回か壊れたり
焼けたりした後 次第にすたれてしまって

今は遺構だけが残っている。


多賀城観光ボランティアのサイト
http://www.tagakan.jp/course/



見たかったぁ!!!

jkfktuktuktf

でも、そこに いちばん近い駅は
国府多賀城 というところで

線が違うのです。


tfjcyhgvkj


jkfktuktuktf


仙台から30分くらいで、本塩釜駅へ。

おなか減った・・・・ 


海辺の町なので、海鮮が有名なんだそうだけど 
私、生もの苦手なのです・・・。 

山っ子だからね 。゚(゚´Д`゚)゚。 



DSC08915



なので、消去法で カキフライ定食 (;≧皿≦) 
牡蠣もそんな 得意じゃないけど・・・・
 
おいしかったです。


DSC08914


よし、腹も膨れたし 歩くぞー (o´Д`)=з

( つづく )

 


スポンサーサイト

最初から最後まで いまいち実感が・・・2

その後、迷いながら 散策しながら 
徒歩10分弱で、鹽竈神社の参道に到着。
 

お邪魔します。


鹽竈神社 HP http://www.shiogamajinja.jp/



DSC08918


DSC08920



休日なのに人がいないなぁ~ (・ω・`) 
と思いながら 参道の階段を上っていくと 

実は 裏道から上ってきてたみたいで 
上には人がいっぱいいた。 



DSC08922



桜だ!! 

桜が咲いてる~!! 
梅もまだ散ってないのに (´⊙ω⊙`) 

四季桜・・・ 


DSC08925


DSC08927



やっぱり桜見ると、なんか テンションが上がるなぁ~ 
きれいだ ((o´艸`))

桜の前には、鹽竈神社博物館 があるんだけど
時間がなかったので 寄れなかった・・・



DSC08929 DSC08930

DSC08932


DSC08933



階段を上がると、神社が 並んで建っていた。
ど、どっちがどっち? Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)



とりあえず、先に ご挨拶しないといけないのは
左のほうだなと、階段を上っていく。



DSC08935:



志波彦神社・鹽竈神社(しわひこじんじゃ・しおがまじんじゃ)



鹽竈神社( しおがまじんじゃ )は、創建は不明なんだそうだけど
前のページで書いたように、


奈良時代に 多賀城の地に国府が置かれると、その東北方向
つまり「鬼門」に位置し、蝦夷の地に接していた この神社が

国府の守護と 蝦夷地平定の精神的支えとして、都から赴任
してきた政府の人々に 篤く信仰されてきたらしい。



その後、東北鎮護・海上守護の 陸奥國一宮として
平安時代以降は 奥州藤原氏・中世武家領主

特に、江戸時代にはいると 伊達家の尊崇殊の外厚く、
伊達政宗以降、歴代の藩主は全て 大神主として奉仕していた。



鹽竈神社HPより http://www.shiogamajinja.jp/about/index.html

wikiより https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BD%E7%AB%88%E7%A5%9E%E7%A4%BE





鹽竈神社は、武甕槌命・経津主神が 東北を平定した際に
両神を先導した 塩土老翁神 ( シオツチノオジ ) がこの地に留まり、


現地の人々に 製塩を教えたことに始まると伝えられる
ため、この方が主祭神 になっている。

( この神様は、海や塩の 神格化したものと考えられている )



・日本神話で、神武天皇や山幸彦を 導いたこと 
・海(塩/潮)に縁があること
・海( うみ )が、産みに通じること
・東北開拓の守護神であったこと
・多賀城の鬼門の位置にあり、多賀城を守護していたこと


から、様々なご利益があるとされる。
 ↓
海上安全・大漁満足・武運長久・国家安泰
安産守護・延命長寿・交通安全、
必勝・成功(商売や営業の繁昌)・厄除け・方除け



どんと来い って感じやねー

asfjyjyryysyr


ありがたやありがたや。




DSC08939


DSC08940


DSC08941


さて、階段を上って 朱塗りの門をくぐって
いくと・・・


DSC08942


DSC08944



残念ながら、改修工事の 真っ最中らしく
半分くらいシートが おおわれていた


(o´・ω・o) 残念。


DSC08943

 

よくわからない 植物が植わっていた。
これは花なの? 枯れてるの? 種なの?

 
DSC08947



 さて、本殿へ向かいまするぅ~ 


( つづく )